2012年11月19日月曜日

キノコあれこれ



今年は椎茸の出が悪く
他所からはヒラタケやナメコの話題が寄せられていた。
小生のキノコの原木は左下の木の様に
雑菌に覆われてしまっていた。
もう今年はダメと諦めて、放っておいたら
この所時雨れ続きで、ナメコが出ていた。
若しやとこちらに回って見ると画像の様に
出過ぎの状態。
大根、里芋、蕪などの根菜類とで
味付け味噌でトン汁に。
少し味噌が多すぎて、濃い味になってしまった。

蕪は10月初めに種を蒔いたもの、
未だ間引きで抜いたもの。
今日、手のひらに余る様なでっかい蕪を頂いた。
8月のお盆明けに蒔かれたものとの事。
自分のがまともになるまでもちそう。
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2012年11月16日金曜日

冬の足音


キタゲ(時雨)があった昨日夕方
久賀ダムあたりから虹が立ち上がっていた。
夏時分の虹は南の方に見えていたが
この季節には北の方に見えるものだと知った。


北小学校辺りまで下がってくると
太陽が沈む直前に。
日没が早くなってきている。

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今朝は山を降りるとき前輪のタイヤがパンクした。
先日団体旅行に行って帰ってみると
参加者の方のタイヤの空気が抜けていた。
タイヤ交換したら良いでしょうと気楽に言ったら、
自分の車にはスペアーが付いていないと。
最近の車にはスペアーが付いていないらしい。
道が良くなったのか、コスト削減か?
小生宅に来られる方は
スペアーを用意しておいてくださいね。

 
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2012年11月13日火曜日

秋の備北

紅葉の盛り、新見地方に出かけてきました。


夢すき公園(親子孫水車)で紙漉きを楽しんで。

県道411号線を南に下って哲多食源の里 祥華で昼食。
少々の千屋牛を。

新見往来180号線を下って絹掛けの滝へ。
前日の雨で絹糸のような水が60米の高さから
3段になって落ちて来る滝。


最後は石灰岩の山の中に地下水でうがかれた井倉洞へ。
秋芳洞ほどの迫力はないが、
日原鍾乳洞よりは?

画像をクリックしてその他の画をお楽しみください。
(1枚目をクリックしてスライドショウで)

今回はゆっくりと疲れる事も無く楽しませていただきました。
TooManyThanks 多謝多謝。
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2012年11月11日日曜日

秋の山中


森の中のモミジの木は未だ未だ青々としている。

アスターはこれだけが咲いて居る。

庭の木々は色づいていて。

銀杏の出来は良かったが
拾っておかないと来春には芽吹いて
一面銀杏林になるかも。

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2012年11月9日金曜日

山陰海岸世界ジオパーク



6日皆さんと山陰海岸ジオパークの香住海岸と
鳥取砂丘・砂の美術館に
バスで出かけてきました。
こちらはユネスコに登録されている5つのジオパーク
のひとつです。
洞爺湖有珠山ジオパーク 糸魚川ジオパーク
島原半島ジオパーク 室戸ジオパーク
(各地の詳細はクリックしてください)
ジオパークとは地質学的価値だけでなく、生態学、考古学、歴史・文化的な価値がある所となっていて、奇岩・奇勝の地ですが、単に観光目的で認証された所ではありません。
 洞爺湖、糸魚川、室戸辺りは通ったことはあるが、記憶にはほとんどなく、島原は未だ行ったことはない。一度行って見たいもの。

昼食はカニコロッケ、カニ鍋と蟹尽くしで、ご馳走様でした。


砂の美術館は6年前に野外展示として開設された
砂像の美術館。
風雨にさらされると壊れる事もあり、
冬季は雪も多く見る事も一苦労。
今回行って見ると立派な屋内に
水と砂でできたエリザベス女王らの砂像が。

出発時は雨模様、
でも行く先々では陽光が降り注ぎ
天も撮影を援助してくれました。
日頃の精進のお蔭と。
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2012年11月7日水曜日

美作消防署



市内楢原地区
美作北小学校から中国高速道をくぐって南に
下がった所。
消防署の建設工事が始まっていた。

現在の消防署に比べるとうーんと広い所のように見える。
土居方面に出動するときは
高速道を使えば相当早くなるのでしょうね。


来年の今頃を念写してみました?? 
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2012年11月5日月曜日

和気閑谷学校 櫂の木


(クリックしてスライドショウを)
巷の紅燈を低く見て、夜歩きはしていませんでしたが
紅く照らし出された紅葉の画を見て
和気閑谷学校に出かけてみました。
 
江戸初期備前藩の藩校として建てられたもの。
孔子廟の前に植えられた2本の櫂の木
赤と黄色に色付くのが例年の習わし。
今年の紅葉はご覧の通りでした。

江戸末期には山田方谷もこちらで講義され
又、武士階級だけでなく、庶民も講義を受けていた。

吾十有五而志于学、三十而立。
四十而不惑、五十而知天命。
六十而耳順、
七十而従心所欲不踰矩。


「吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳に従う。
七十にして心の欲する所に従って、
矩を踰えず。」

60過ぎて70近くなっても素直になれず・・・・・


男児立志出郷関    学若無成死不還
埋骨何期桑梓地  人間到処有青山

 男児 志を立て郷関を出ず
        学 もし成るなくんば復(また)還らず
 骨を埋づむる何ぞ期せん 墳墓の地
 人間(じんかん)到るところ青山あり


15才で志して 郷里を後にして、

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